自分のものさし/判断基準 2
皆様お疲れ様です。
1の続きです。
判断基準のもう一つとして思い出したのは、
お金です。
お金のかからないほうかからないほうがよいという判断基準でした。
父親の影響です。
自分の考えが出てこない。
親に押し付けられた考えです。
でもこれは親の考えですらありません。
信仰です。
いい行いをすれば、それが自分に返ってくるというような考え。
こういう自分の頭で考えられない人が本当に嫌になってます。
考えられないだけならまだよくて押し付けてくる人はもう最悪です。
こういう考え方でいたので、病気になったのでしょうね。
そもそも、
よければよいという考えがまず実現的でない考えです。
昔世界史の授業で、唯物論とか?の話だったかと記憶していますが、
例えば、究極のボールペンがあるとか、意味の分からない考え。
(唯物論とか本当に知りません。授業で聞いただけです。詳しい人教えてください。)
ボールペンなんてかければいいじゃない。
いいことも、自分にとって良ければいいじゃない。
もちろん周りにもそうですが、
常に最善の結果ばかり出すことなんてできません、少なくとも僕には。
よいことに応じて、よい結果が比例してかえってくるとか絶対に間違っていると思います。根拠がありません。
上の内容について、最近感じる具体的内容を書きます。
人の言葉を聞くと、その人の考えがわかってきますよね。
例えば、~でなければならない・・・ ①
(マイナスのもの)はなくさなければならない・・・②
~はまちがっていない・・・③
①は私の父親がよく言ってました。独善的な話が多い気がします。
②マイナスのもの・欠点などは、減らしたり、自分の意志でコントロールすることができるようになるほうが大切だと思います。
マイナスのもの・欠点などはなくせない。無理になくすと長所も損なわれます。
③思考を硬直化させるのでしょうか。考えるの苦痛ですもんね。
パッと思いつくのは、三つでした。
こういう人とは飲みに行きたくないなあ。