義理?かなあ

皆様お疲れ様です。


昨日、休みをとれたので人に会ってきました。
前にブログに書いたと思ったら、書いていませんでした。最初から書かないとわからないですね。

前の会社で、私と頻繁に会う人がいました。
私の訪問先の守衛さんです。顔は知っているのですが、名前も知りません。ただ会うたびに挨拶をしておりました。
時間がたつにつれて、本当に些細な会話などもしました。それでもそれ以上何もありません。5年以上そんな関係でした。


私が前職をやめるとき、それまで訪問していた私が突然いかなくなってしまうので、退職する旨を伝えました。「あの人こなくなったなあ、どうしたのかなあ」なんて考えなくて済むようにです。自意識過剰でしょうか。

そのとき、転職活動をしていることも伝えました。そうしたところ、彼は私のことを応援してくれたのです。もっとそっけない対応がかえってくると予想していましたが、熱く話をしてくれました。彼も私と同じくらいの年に転職をして、やっていけたのだから、君も大丈夫だ。という趣旨の内容です。そして、私の人柄がいいとほめてくださいました。挨拶をしていただけなんですけどね。訪問先にはたくさんの人が訪れていましたが、守衛さんに挨拶をする人はほんの一握りだったかもしれません。それくらいしか思い当たりません。そして、就職が決まったらまた来てよ、と言われておりました。その時その方の名字を知りました。

その後現在の会社に内定をいただいた際に、一度挨拶に行きました。その時はとてもよろこんでくれました。そして、また新しい会社で落ち付いたら、来てよ、と言われました。

年末年始には、年賀状を出しました。住所はわかりませんが、勤め先あてに送りました。あて名は勤め先住所と名字だけでしたが、無事到着したようで返事の年賀状も頂戴しました。

そして3月昨日、久々に伺ってきました。突然の訪問でびっくりさせてしまいましたが、連絡先がわからないので、仕方ないです。
彼は元気そうで私は安心しました。私が来てくれたことに対して、「うれしくて泣いてしまいそう」とか言われました。いくらか感動しているようにも見えました。なぜか知りませんが、その方の奥さんに私のことを話したところ、すごく喜んでくれたというお話でした。奥さんには当然お会いしたこともないし、流れがよく理解できませんでした。年賀状を送ったからでしょうか。

ほんの二、三分のことだったと思いますが、喜んでいただいて私もうれしくなりました。「困ったことがあったら、相談乗るから。何も力ないけど、人生経験はあるから」とおっしゃっていただいて、応援してくれる人がいることをありがたく思いました。また休みの日に伺うことを約束して帰りました。

あいにく前の会社の人とはうまくいかなかった(険悪ではありませんが、会うほどなかよくないです。)ので、今後やり取りすることはないでしょうが、社外の人でもこういったことがあったのは幸いでした。

生きていくうえで義理は大切だなあと思いました。彼はとても喜んでくれました。私はなぜ彼に会いに行ったのでしょうか。確かに会いに行く約束していました。でも行かなくてもよいと思います。昨日彼は感動している風に見えましたが、私は涙がでるほど、というわけではありません。

ただ、きっと退職する前に、彼が私を応援してくれた時に涙が出るくらいうれしかったから、私は彼に挨拶にいったのだと昨日思い出しました。
応援の言葉をいただいた後私は感動しながらもうれしいな、ありがたいなと思いながら帰っていきました。表情が柔らかくなっていた記憶があります。

昨日同じ道を歩きながら思い出しました。
そして私の脳はすっかりわすれているようでしたが、私の体が彼への感謝を覚えていたから、行かなきゃいけないのだと考えていたのだと思います。私が彼にいただいたものを少しはお返しできたのかなあなんて考えました。

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